作文は人を育てる 〜30数年ぶりの先生の授業〜

先日、小学校時代の担任の先生の講演会へ行ってきました。

先生が昨年退職されたことがきっかけで、長年年賀状ではつながっていたものの、
退職のお祝いの際に約25年ぶりにお会いすることができました。

そのご縁から同級生のグループLINEができ、今回の講演会の案内を知りました。

講演会は九州各地の先生方が集まるような場でしたので、「私が参加しても大丈夫かな?」と思い、
事前に先生へお尋ねしたところ、
「どうぞ、気軽に」と声をかけていただき、
近くだからという軽い気持ちで参加させていただきました。

先生が新任3年目の頃、私は小学5年生でした。

今思うと、とても若い先生だったんだなぁ(笑)と懐かしく思います。
(当時の私は、先生は35〜36歳くらいだと思っていました(笑))

私たちの頃は、日記が毎日の宿題でした。特別なことだとは思わず、当たり前のように毎日書いていました。

ところが今は、プライバシーへの配慮などもあり、日記を書かせたり、
それに触れたりすることが少し難しい時代になっているそうです。

そういえば、今小学5年生の息子も、4年生の頃に週末の出来事を書く宿題はありましたが、
毎日の日記はありませんでした。
そんな時代背景も関係しているのかもしれないな、と感じました。

講演会では、

「作文を通して子どもたちの成長を見守り、人としての土台を育てていく」

そんなお話がありました。

その当時、私たちの日記や作文は、先生がピックアップして不定期にプリントで配ってくださっていました。
スポットライトを浴びたその作文をみんなで読み、感想を伝え合ったり、発表したりしていた記憶があります。

作文は単なる文章を書く練習ではなく、人間形成にも深く関わっていたのだと、改めて感じました。


自宅に帰ってから、ふと思ったことがあります。

クラスメイトの日記や作文を通して、私はたくさんの「疑似体験」をしていたのではないか、と。

実際に体験することが一番の学びになるとは思います。

けれど、それができない時でも、映画を観たり、本を読んだりして、人はさまざまな経験を疑似体験できます。

それと同じように、私はクラスメイトの日記や作文を読みながら、
その人の嬉しかったことや悲しかったこと、悔しかったことや楽しかったことを一緒に感じていたのかもしれません。

だからこそ、作文は人の心を育てる力を持っているのだな、と感じました。

講演会を聞きながら、私にもできることから始めてみようと思いました。
今度、息子と一緒にお気に入りのノートを選び、そのノートで交換日記を始めてみようと思います。

学校での様子を知ることができますし、日記を通して少しずつ自分の気持ちを表現する練習にもなるかもしれません。

短くてもいい。

一歩ずつ、一歩ずつ。

半年後、一年後には、今よりも自分の気持ちを言葉にできるようになっていたら素敵だなと思います。

先生のお話を聞きに行っただけのつもりでしたが、
たくさんの気づきと、これからやってみたいことを持ち帰ることができた一日でした。

ありがとうございました。

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